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コラム
2026年4月7日
取適法(中小受託取引適正化法)改正コラムシリーズ 第1回
下請法はなぜ「取適法」になったのか?
――改正の背景と全体像
■ はじめに
2026年1月1日、長年にわたって企業間取引のルールを定めてきた「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」が大きく生まれ変わりました。新しい法律の名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」、略称は「中小受託取引適正化法」、通称は「取適法(トリテキ法)」です。
単なる名称変更ではありません。適用対象の拡大、新たな禁止行為の追加、手形払いの禁止など、実務に直結する変更が多数含まれています。本シリーズでは、この取適法改正により、委託事業者(発注側)と中小受託事業者(受注側)それぞれが何に気をつければよいかを、全8回にわたって解説していきます。第1回では、改正の背景と全体像を整理します。
■ 「下請法」が生まれた背景と限界
下請法は昭和31年(1956年)に制定されました。大企業が中小企業に仕事を発注する際の不公正な取引慣行を是正することを目的とした法律です。代金の支払い遅延、不当な値下げ要求、発注後の一方的なやり直し指示といった行為を禁止し、「親事業者」と「下請事業者」の取引関係に一定のルールを設けてきました。
ところが、近年はこの法律のしくみだけでは対応しきれない問題が顕在化してきました。その最大の課題が、コスト上昇を価格に反映できない「価格転嫁難」の問題です。
労務費、原材料費、エネルギーコストは急激に上昇しています。しかし、多くの中小企業はこれらのコスト増加を取引価格に転嫁できていません。公正取引委員会・中小企業庁が実施した「価格交渉促進月間(2024年9月)」の調査では、トラック運送業の価格転嫁率は全業種の中で最も低い水準にあることが示されています。また、サプライチェーンの取引段階が深くなるにつれて価格転嫁の割合が低下するという構造的な問題も確認されています。
さらに、旧下請法が定める「資本金基準」(発注側の資本金額と受注側の資本金額の組み合わせによって適用対象を決める仕組み)には抜け穴がありました。実質的には大規模な企業であっても、当初から資本金を少額に設定したり、後から減資をしたりすることで法の適用を逃れるケースが存在していたのです。また、受注者に増資を求めることで意図的に適用対象外にする発注者の存在も指摘されていました。
こうした状況を踏まえ、2024年6月の閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2024」において下請法の改正が明記され、同年7月から公正取引委員会・中小企業庁の共催による「企業取引研究会」(座長:神田秀樹東京大学名誉教授)が開催されました。計6回の会合を経て同年12月に報告書がまとめられ、2025年3月に改正法案が国会に提出、同年5月16日に成立、同月23日に公布されました。
■ 「取適法」と「下請法」の違い――何が変わったのか
取適法の改正ポイントは大きく6つに整理されます。それぞれを概観します(詳細は第2回以降で解説します)。
【ポイント①】用語の見直し
旧法で用いられていた「親事業者」「下請事業者」「下請代金」という用語が、それぞれ「委託事業者」「中小受託事業者」「製造委託等代金」に改められました。「下請」という言葉には、発注側と受注側に上下関係があるという語感があり、対等なパートナーシップの構築を阻む側面があるとの指摘がありました。公正取引委員会が実施した調査では、発注者側・受注者側の双方において「下請企業と呼称したことはない」と回答した企業が8割前後に上っており、現実の取引実態との乖離が確認されています。法律の名称もこの実態に合わせて見直されました。
【ポイント②】適用基準への従業員数基準の追加
旧下請法では資本金の大小関係のみで適用対象が決まっていましたが、取適法では新たに従業員数の基準も加わりました。製造委託等の場合は従業員数300人超、役務提供委託等の場合は従業員数100人超の事業者が委託事業者となり得る基準が設けられています。これにより、資本金が少額でも規模の大きい企業が適用対象に含まれるようになりました。
【ポイント③】協議を適切に行わない一方的な代金決定の禁止(新設)
コスト上昇局面において、中小受託事業者から価格協議を求められたにもかかわらず協議に応じない、または必要な説明を行わずに一方的に代金を決定する行為が、新たに禁止行為として明文化されました。従来の「買いたたき」規制は主に代金の水準を問題とするものでしたが、新設規定は価格決定のプロセス(交渉の手続き)に着目した規定です。
【ポイント④】手形払い等の禁止
これまで手形による支払いは、支払期日から最長60日以内に手形を交付することで認められていました。しかし手形の場合、交付から実際の現金受領まで手形サイト分(最長60日)の期間が上乗せされ、最大120日後まで代金が入金されないケースがありました。取適法ではこうした資金繰り負担を解消するため、手形払いが禁止されます。なお、電子記録債権やファクタリングについても、支払期日までに代金相当額(手数料等を含む満額)を得ることが困難なものは認められません。
【ポイント⑤】物品の運送委託の対象取引への追加
旧下請法では「物品の運送の再委託」(元請運送事業者がさらに別の事業者に運送を委託するケース)は対象とされていましたが、発荷主(荷物の送り主)から元請運送事業者への「物品の運送の委託」は対象外でした。取適法では、この発荷主から元請運送事業者への委託も新たに規制対象に追加されます。荷役や荷待ちを無償で行わされるなど、荷主と物流事業者間の問題に対応するものです。
【ポイント⑥】面的執行の強化
旧下請法では申告先が公正取引委員会と中小企業庁長官に限定されていましたが、取適法では事業所管省庁の主務大臣も申告先として追加され、「報復措置の禁止」の対象になります。また、事業所管省庁に指導・助言権限が新たに付与されます。
■ 委託事業者・中小受託事業者それぞれへの影響
委託事業者(発注側)にとっては、適用対象の拡大によって自社が取適法の規制を受けるかどうかを改めて確認する必要が生じます。これまで「資本金が少ないから大丈夫」と考えていた企業でも、従業員数基準が加わったことで適用対象になるケースがあり得ます。また、価格協議への対応方針の整備、手形払い慣行の見直し、発注書の記載内容の再確認なども急務です。
中小受託事業者(受注側)にとっては、価格交渉を求める権利が法律上より明確になりました。「言いにくい」と感じてきた価格協議の申し入れも、法的根拠を持って行えるようになっています。また、申告先の拡大により、問題が生じた際の窓口が増えたことも重要なポイントです。
なお、中小受託事業者がフリーランス(特定受託事業者)にも該当する場合で、取適法とフリーランス・事業者間取引適正化等法の双方に違反する行為があったときは、原則としてフリーランス・事業者間取引適正化等法が優先して適用されます(政府広報オンライン掲載情報)。
■ まとめと次回予告
取適法は、旧下請法の精神を引き継ぎつつ、コスト上昇局面における価格転嫁を可能にする対等な取引環境の整備を目指した改正です。名称の変更も含め、「上下関係から対等なパートナーシップへ」という方向性が明確に打ち出されています。
この法律は2026年1月1日から施行されており、施行前に締結された契約にも原則として新法のルールが適用されます。「まだ対応できていない」という企業にとっては、早急な点検が必要な状況です。
次回(第2回)では、取適法の適用範囲について、新しい従業員数基準も含めて詳しく解説します。「自社は対象外のはず」と思い込んでいた企業が実は適用対象になっているケースを具体的に確認していきます。
【参考資料】公正取引委員会「下請法・下請振興法改正法の概要」(令和7年6月)、政府広報オンライン「2026年1月から下請法が『取適法』に!」
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