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コラム
2024年3月27日
ストックオプションの留意点 ~新株予約権の発行上限、報酬規制、有利発行、適時開示~
【事例】
弊社(P社)は公開会社であり、発行可能株式総数は400万株、現在の発行済株式総数は350万株です。数ヶ月前に、名誉会長兼株主であった創業者が引退し、それに伴い創業者が保有していた50万株を弊社が自己株式として取得しました。他に、自己株式はありません。近年、弊社は円安を背景に業績が低迷しており、てこ入れの一環で、取締役にインセンティブ報酬としてストックオプションを付与することにしました。
Q1.ストックオプションの場合も含め、会社法・金商法上の新株予約権の発行上限について教えて下さい。
A1. ①まず、前提として、新株予約権を発行する際には、「募集新株予約権の数」を定めなければなりません(会社法238条1項1号)。当然、取締役会決議または株主総会決議で定めたことは守らなければなりませんから、「募集新株予約権の数」がそのまま発行上限になります。
②非公開会社が募集事項(会社法238条1項各号)を取締役または取締役会に委任する場合にも、新株予約権の数の上限を株主総会決議で定めなければなりませんので、同様です(会社法239条1項1号、309条2項6号)。
③インセンティブ報酬として新株予約権を付与する場合にも、定款または株主総会において、取締役全員に割り当てられる新株予約権の数の上限を定めなければならないため(会社法361条1項4号、5号ロ)、これがそのまま発行上限となります。また、インセンティブ報酬の場合、確定額報酬(361条1項1号)または不確定額報酬(同項2号)としての規律も受けるため、取締役が取得する新株予約権の総額は、同項1号もしくは同項2号の額の範囲内でなければなりません。そのため、定款または株主総会で定めた報酬額も新株予約権の発行上限と捉えることができます。
④金融商品取引法では、新株予約権について発行上限を定めた規定はないようです。
Q2.他に留意すべき点はありますか?
A2.‘新株予約権’の発行上限とは別に、‘新株予約権者が取得する株式の数’の発行上限があります。したがって、新株予約権を発行する際には手続の見通しをつけておく必要があります。
①先ほど、新株予約権を発行する際には、新株予約権の数を定めなければならないと言いましたが、これとは別に「募集新株予約権の内容」(会社法238条1項1号、239条1項1号、361条1項4号・施行規則98条の3第1号、361条1項5号ロ・施行規則98条の4第2項1号)として、「当該新株予約権の目的である株式の数」(会社法236条1項1号)、すなわち、新株予約権1個当たり何株の株式を発行するのかを定めなければなりません。例えば、募集新株予約権の数を10個、1個当たりを2株と定めた場合、新株予約権が行使されると、会社は10×2=20株の株式を発行することになります。これが「新株予約権者が取得することとなる株式の数」(会社法113条4項)に当たります。
②そして、会社法113条4項によれば、新株予約権者が取得できる株式の数は未発行枠に自己株式総数を加えた数を上回ってはならないと定められています。
*計算式:新株予約権の数×新株予約権1個当たりの株式数=「新株予約権者が取得することとなる株式の数」≦発行可能株式総数-発行済株式総数+自己株式総数
自己株式を除くのは、会社は、新株予約権の行使に対し、新株発行の代わりに自己株式の処分によって応じることができるためです。ただ、この計算式には注意が必要です。何故なら、これはあくまで新株予約権者が新株予約権を行使した時点で守っていればよいものだからです。つまり、新株予約権の内容及び数を定めた時点で、将来、新株予約権者が取得することとなる株式の数が、上記計算式の範囲に収まっていなくても、新株予約権行使期間(会社法236条1項4号)の初日までに、何らかの方策を採れば良いのです。もっとも、別途手続が必ずしもスムーズに進むとは限りませんので、予め先の見通しをつけてから決議する必要があります。
Q3.弊社では、取締役へのインセンティブ報酬として、「募集新株予約権の数」を6個、「募集新株予約権の内容」として新株予約権1個当たり10万株の株式を発行することを決議しました。確定額報酬は1億円としています。例えば、弊社のケースですと、発行上限はどのようになりますか?また、インセンティブ報酬ですので、新株予約権の発行と引換えにする払込みは不要としているのですが、有利発行規制を受けますでしょうか?
A3.御社は新株予約権を6個発行しなければなりませんし、新株予約権が行使されたときは60万株を発行しなければなりません。
今回のケースですと、発行可能株式総数が400万株、発行済株式総数が350万株、自己株式総数が50万株なので、新株予約権者が取得することとなる株式の数は100万株以内に収まっている必要があります。御社の取締役が取得することとなる株式の数は60万株ですので、決議時の新株予約権6個の総額が報酬1億円の範囲内である限り、別途手続は必要ありません。
また、取締役は対価として労務を会社に提供しているといえるので、定款または株主総会決議で定めた額及び数の上限の範囲内である限り、有利発行規制は及びません。したがって、公開会社である御社は、取締役会決議で新株予約権を発行できることになります(240条1項、238条2項)。
なお、新株予約権を発行する場合、発行価額の総額が1億円以上の場合は適時開示が必要となります。新株予約権における発行価額は、当該新株予約権証券の発行価額または売出し価額の総額に当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して払い込むべき金額の合計額を合算した金額とされます(開示府令2条第5項2号)。
Q4.取締役へのインセンティブ報酬を決議した後、数ヶ月前に行われた創業者からの自己株式取得が財源規制(会社法462条1項2号、461条1項3号2項)に違反することが判明しました。ただ、既に新株予約権の内容及び数を決議してしまっているので、このまま放置しても大丈夫でしょうか。
A4.会社から金銭の交付を受けた創業者だけでなく、御社の取締役も同額の連帯責任を負います。
そのため、直ちに、創業者と交付を受けた金銭の返還について交渉する必要があります。また、自己株式取得の有効性については争いがありますが、自己株式取得の際に行われた株主総会決議(156条1項、160条1項、309条2項2号)は内容の法令違反で無効であるところ(461条1項3号、830条2項)、その無効な決議に基づく自己株式取得が有効であると考えるのは困難です。したがって、御社が取得した50万株は創業者に返還しなければなりません。
Q5.50万株の自己株式取得が無効であるとすると、弊社は10万株の余計な決議をしてしまったことになると思います。一体、どうすれば良いでしょうか?
A5.慌てなくても大丈夫です。新株予約権行使期間の初日までに、必要な手続を行えば問題ありません。
確かに、50万株の自己株式取得が無効であるとすると、新株予約権者が取得できる株式の数は100万株ではなく、50万株以内ですので、御社が決議した60万株では10万株上回ることになってしまいます。
しかし、先ほども説明した通り、会社法113条4項の規制は、あくまで新株予約権者が新株予約権を行使した時点で守っていればよいのです。つまり、10万株上回っているならば、新株予約権行使期間の初日までに、①発行可能株式総数を増やす②発行済株式総数を減らす③自己株式を取得する、のいずれかの方策を採れば良いのです。今回のケースですと、御社の分配可能額に鑑み、①発行可能株式総数を増やす方策が最善だと考えます。具体的には、新株予約権行使期間の初日までに、定款変更決議(会社法466条、309条2項11号)を行い、発行可能株式総数を10万株以上増加しましょう。
Q6.弊社は、業績向上のために、新製品の開発に力を入れたいと考えています。開発部門の従業員の勤労意欲を高めるため、何か良いビジネスプランニングはありますでしょうか?
A6.インセンティブ報酬として用いられるストックオプションは取締役だけでなく、従業員に付与することもできます。また、一定の工夫をすることで、ヘッドハンティングの防止にもつながります。
新株予約権は当然、あらゆる人に発行できるので、取締役だけでなく、ストックオプションとして従業員に付与することも可能です。従業員は取締役ではありませんから、会社法361条以下の報酬規制は及ばず、会社法236条以下の発行手続のみが問題となります。また、取締役の場合と同様に、従業員は対価として労働を会社に提供しているといえますから、発行と引換えにする払込みを不要にしても有利発行規制は及びません。もっとも、労働基準法24条との関係で、相殺構成をとるためには当該従業員と相殺契約を締結する必要があります。御社は公開会社ですから、取締役会決議で発行したい場合には上記の条件を満たした上で相殺構成を取ればよいですし、株主総会の特別決議が煩雑でなければ無償構成を取ってもよいでしょう。
更に、例えばヘッドハンティングを防止したいような優秀な従業員がいる場合には、①開発部門に属していることを新株予約権の行使の条件とする②退職の場合を取得事由とする取得条項付新株予約権とする等の工夫が考えられます。新株予約権を自由に譲渡されては意味がないので、その際には新株予約権の内容として譲渡制限を設けるのが良いでしょう。
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